スタートアップ投資戦略⑤：スタートアップにおけるJ-KISS型新株予約権の活用法

J-KISSとは？

J-KISSは、スタートアップの資金調達において活用される新株予約権の一種です。J-KISSは、アメリカで広く使われているKISS（Keep It Simple Security）をモデルにしており、日本のスタートアップ環境に合わせてローカライズされています。

新株予約権の特徴は、投資時点で株式を発行しないことにあります。投資家は、スタートアップに資金を提供する代わりに、将来的なイベント（次回資金調達や企業のEXITなど）で株式に転換される権利を得ます。これにより、企業価値（バリュエーション）を明確に評価することが難しいシード期やアーリー期でも、柔軟に資金調達を行える仕組みとなっています。

J-KISSの仕組み

J-KISSには下記の特徴があります。

• 評価上限
  次回資金調達時の企業価値に上限（キャップ）を設定します。企業価値が上限を超えていても、投資家は上限に基づいた価格で株式に転換することができます。
• 割引率
  次回資金調達時の株価に対して、一定の割引率を適用します（例：20%オフ）。これにより、投資家は次回資金調達で出資する投資家よりも有利な価格で株式を取得することができます。
• 株価評価の先送り
  具体的な企業価値（バリュエーション）の評価や投資条件の決定を先送りにして、定型的な契約フォーマットで迅速に資金調達を完了することができます。

J-KISSを活用するタイミング

J-KISSは、特にスタートアップのシード期やアーリー期の資金調達に適した手段です。企業価値（バリュエーション）の評価が難しい初期段階において、J-KISSの仕組みは迅速な資金調達を可能にします。

1. シード期・アーリー期の資金調達におけるJ-KISSの活用

シード期とは、スタートアップが事業アイデアの検証やプロダクト開発を行っている初期段階です。このフェーズでは、売上や実績がまだ少ないため、企業価値を正確に評価するのが難しい場合が多くあります。

その点、J-KISSは、次回の資金調達時に株式転換する仕組みを持つため、現時点での企業価値を無理に決める必要がなく、スタートアップ側は株式の希薄化を防げます。

2. バリュエーションが不安定な時期の活用

企業価値算定を先送りにできるJ-KISSは、企業価値が大きく変動する時期に活用することも考えられます。

• 市場環境が不安定な場合
  経済情勢や業界トレンドの変化により、企業価値が短期間で変動する可能性がある場合、J-KISSを活用すれば、次回資金調達時の市場評価に基づいて株式を発行することができます。
• 将来の企業価値上昇が期待できる場合
  プロダクトのローンチや大口契約の成立など、企業価値が今後急成長する見込みがある場合でも、J-KISSは有効です。初期の投資家には転換時の有利な条件を提供しつつ、企業側は評価が高まるまで株式を発行しないことで、創業者の持ち株比率を維持することができます。

普通株式やみなし優先株式との違い

スタートアップの資金調達においてJ-KISSを選択する際、普通株式やみなし優先株式と比較検討することが重要です。

普通株式との違い

普通株式は、会社の所有権を示す株式であり、株主には議決権や配当受領権が与えられます。投資家は、会社の成長に伴うキャピタルゲイン（株式価値の上昇益）や、会社の利益からの配当を期待します。

一方、J-KISSは、投資時点では株式を発行せず、一定の転換イベント（次回資金調達やEXITなど）が発生した場合に株式に転換されます。このため、企業価値（バリュエーション）が定まりにくいシード期やアーリー期でも、投資家と企業の利害調整がしやすいという特徴があります。

• 普通株式の特徴
  • 会社の所有権を持ち、議決権や配当受領権を持つ
  • 企業価値に応じて株式価値が変動
  • 資金調達時に株式の希薄化が生じる
• J-KISSの特徴
  • 投資時点では株主ではなく、株式転換時に株主となる
  • 企業価値を評価せずに資金調達可能（バリュエーションを後回しにできる）
  • 評価上限（Valuation Cap）や割引率（Discount Rate）などを調整することで、投資家に有利な条件を設定することも可能

みなし優先株式との違い

みなし優先株式は、通常は普通株式として扱われますが、特定の条件を満たすと優先株式としての権利が発動する仕組みです。特に、次回の資金調達時の評価に基づいて優先株式に転換することで、複雑な種類株式の設計を先送りにすることが可能です。

J-KISSとみなし優先株式の違いは、株主としての地位がいつ付与されるかや、投資家の保護機能の違いにあります。

• みなし優先株式の特徴
  • 通常は普通株式として扱われ、特定の条件で優先権が発動
  • 複雑な種類株式の設計を先送りにすることができる
  • 株主としての地位は投資時点から付与され、議決権を持つ場合もある
• J-KISSの特徴
  • 投資時点では株主にならず、一定の転換イベントで株式に変わる
  • 企業価値が高まった場合、割引価格や評価上限価格で株式を取得することで投資家がより多くのリターンを得ることも可能

活用シーンの違い

• 普通株式：企業価値が安定しており、株主の意思決定参加を重視する場合に有効
• みなし優先株式：企業価値（バリュエーション）を決められるが、複雑な種類株式の設計を先送りにしたい場合に有効
• J-KISS：企業価値の評価が難しい初期段階や、資金調達時の株式希薄化を抑えたい場合に有効

J-KISSのメリット

1. 企業価値の評価を後回しにできる

通常、普通株式を発行して資金調達を行う場合、企業価値を明確に設定する必要があります。
しかし、スタートアップのシード期やアーリー期では、事業モデルや収益予測が不確実で、正確な企業価値を評価するのが難しいことがあります。J-KISSを活用することで、次回の資金調達時にまで企業価値算定を先送りすることができ、これにより柔軟な資金調達が可能です。

2. 投資契約のドラフトやレビューのコストが低い

J-KISSはオープンソースであり、その契約書の雛形が一般に公開されています。そのため、その契約書をそのまま使用するという当事者の暗黙のルールのもとであれば、ドラフトはすぐにでき、変数となっている数字の部分だけ確認すれば足ります。

J-KISSのデメリット

1. 投資家側のリスク

J-KISSは、投資時点では株式を保有せず、一定の転換イベント（次回資金調達やEXIT）が発生しない限り、投資家は株主としての権利を持てません。このため、企業が次回の資金調達を行わなかったり、EXITが実現しなかった場合、投資家は投資した資金を回収できない可能性があります。
また、J-KISSの契約内容は一般的な投資契約よりも難解であり、専門家の関与なしで進めることは困難です。企業価値が上昇した際、契約内容によっては他の投資家と同じ条件でしか株式を取得できない（早期に投資をしたリスクに応じたリターンを得られない）といった事態に陥る可能性もあるため、活用の際は専門家に入ってもらうことをおススメします。

2.企業側のリスク

企業にとってのリスクは、J-KISSが株式に転換された際の株主構成の変動です。特に、評価上限（Valuation Cap）を低く設定していた場合、企業価値が高まった時に、投資家が有利な価格で大量の株式を取得することがあり、創業者や既存株主の持株比率が大幅に希薄化する可能性があります。

まとめ

J-KISSは、スタートアップの特にシード期やアーリー期などの企業価値（バリュエーション）の評価が難しい段階で、柔軟な対応が可能な手段です。企業価値を投資時点で明確に設定せず、次回資金調達やEXIT（上場・M&A）時に株式に転換される仕組みにより、資金調達のスピードを高めつつ、企業の株式希薄化を抑制することができます。

一方で、J-KISSには、契約内容の複雑さや法務・契約面での対応難易度といったデメリットも存在します。
また、投資家と企業の間で契約条件に関する認識のズレが起こるリスクもあるため、契約書を作成する際には、司法書士や弁護士などの専門家のサポートを受けることをおススメします。

スタートアップの資金調達戦略の一環として、最適なタイミングでJ-KISSを導入することで、企業成長の加速と投資家の信頼を同時に得ることが可能です。

よくある質問

J-KISSは普通株式とどう違いますか？
J-KISSは、投資時点では株式を発行せず、一定の転換イベント（次回資金調達やEXITなど）が発生した際に株式に転換されます。一方、普通株式は購入と同時に株主となり、議決権や配当受領権を持ちます。J-KISSは企業価値（バリュエーション）を明確に決める必要がなく、企業価値が不安定なシード期やアーリー期でも柔軟に資金調達が可能です。

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J-KISSを導入するタイミングはいつが最適ですか？
J-KISSは、特にシード期やアーリー期など、企業価値の評価が難しい初期段階に最適です。また、将来的に企業価値が大きく変動する可能性がある場合にも有効です。評価上限（Valuation Cap）や割引率（Discount Rate）を設定することで、投資家のリスクを抑えつつ、企業は株式希薄化を防ぐことが可能です。

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J-KISSを導入する際の注意点はありますか？
J-KISSを導入する際は、契約条件の設定が重要です。評価上限（Valuation Cap）や割引率（Discount Rate）の設定において、企業と投資家の間で認識のズレが起こらないようにする必要があります。法的リスクを回避するために、司法書士や弁護士などの専門家のサポートを受けることをおススメします。